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【陽気人の散歩道】節目を越えて、今
教祖百四十年祭という大きな節目を越え、私たちは今、新たな歩みの中にあります。 年祭は一つの区切りではありますが、ここからが本当の出発であると言っても決して言い過ぎではないでしょう。 教祖年祭へ向けて取り組んできた「ようぼく一斉活動日」も、... -
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【陽気人の散歩道】テキストを共有する
教祖百四十年祭まで間もなくとなった今、思い出すのは、三年前の諭達ご発布の際の神苑の光景だ。 私は、中庭の、教祖殿の上り口あたりで我が子が砂利をいじって遊ぶのを見守りながら、そのときを得た。 ご身上と伺っていた真柱様の御声がスピーカーから聞... -
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【信仰随想33】ひながたを心の頼りに 教区主事 冨松基成
三年前、教祖百四十年祭に向かうにあたって、真柱様は諭達をご発布くださり、全教ようぼくが一手一つに資する上から、その歩み方をお示し下さいました。 そこには、「教祖の親心にお応えすべく、ようぼく一人ひとりが教祖の道具衆としての自覚を高め、仕切... -
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【陽気人の散歩道】神様たすけてください
Yさんは、信仰者として、また女性としても私の目標で、大好きな人です。 Yさんは、人のために尽くすことを惜しまず、いつも御用にいそいそと励んでいました。 「教えの実践」を、姿で教えてくれた人でした。 私はそんなYさんを心の底から尊敬し、慕ってい... -
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【信仰随想32】教祖140年祭にむけて 教区主事 上村知孝
教祖140年祭を目前に控え、これまでの歩みを振り返ると、様々な思い出が蘇ってきます。 はじめて意識をもたせてもらった教祖の年祭は、天理高校1年生としてひのきしんに励んだ教祖110年祭でした。 白川グラウンドでの駐車場整理は、今でも鮮明に覚えていま... -
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【信仰随想31】ぢば一筋、おや一筋 教区主事 植田義雄
教祖年祭に向かう三年千日も後三ヶ月。今頃になって焦っております。 この度の年祭は今までの年祭活動とは大きく違います。 三年前の秋季大祭において真柱様のお言葉の中に、「全教が心揃えるためにも、知らない人は年祭の意味を知り、そして、をやの思い... -
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【陽気人の散歩道】にをいがけの心得
九月の『全教会布教推進月間』、直属の布教部の御用を通して、教友と共ににをいがけをさせてもらえる機会を多く頂けた。 その中で、個人的ににをいがけについて、気付かせてもらえたことがあった。 それは、にをいがけは、できるだけ自然体で、そして、継... -
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【陽気人の散歩道】赤衣について
年祭活動のこの旬に、存命の理がこもる赤衣について考えてみたい。 明治初期は、新政府によって天皇中心の国家神道が人々に強いられていた。 その中、明治7年10月のある日、教祖は、お屋敷に詰めていた二人の信者に「大和神社へ行き、どういう神で御座ると... -
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【信仰随想30】年祭活動仕上げの年に 教区主事 矢追雄蔵
年祭活動を勤めきる 教祖百四十年祭まで、いよいよ残り四か月となりました。 ここまで積み重ねてきた歩みを最後まで諦めることなく、たすけ一条の喜びを味わいながら勤めきりたいと思っています。 この三年千日は、ひながたを目標に教えを実践して、たすけ... -
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【陽気人の散歩道】素直な実行
「おたすけをしましょう」と言われると、なんだか壮大なことに取り組む感じがして、「私なんかがとてもできません」と、気後れする人は少なくない。 「あなたにしかできないおたすけがあります」と言われても、「それが分からないから困っている」と感じる... -
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【陽気人の散歩道】いま私たちに出来ること
「お父さん、誰も聞いてくれなかったね!笑」 年祭活動も3年目に入り、半年以上が経ちました。 中でも、私の子どもが奈良駅前の路傍講演に高頻度で、しかも自発的に一緒に行ってくれるようになったのは、最近の大きな喜びの一つです。 当初は「暇だから... -
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【信仰随想28】教祖のお導きのもと 教区主事 山田はる乃
夏空のまぶしい季節となりました。 教祖百四十年祭まで半年。 今年も七月二十七日より「こどもおぢばがえり」が開催されています。 ご本部ではおぢばがえりを推奨してくださっている最中、旬の風にのって、今年の夏も大勢の子どもさんたちとおぢばがえりを...