
教祖百四十年祭という大きな節目を越え、私たちは今、新たな歩みの中にあります。
年祭は一つの区切りではありますが、ここからが本当の出発であると言っても決して言い過ぎではないでしょう。
教祖年祭へ向けて取り組んできた「ようぼく一斉活動日」も、一応の締めくくりを迎えました。
地域とのつながりを大切にしながら、各々が定めた目標に向かって互いに声を掛け合い、ときに足を運び、また、日々コツコツと実動を重ねてきたその過程の中には、確かに一手一つの姿がありました。
それは同時に、たすけ一条の歩みに一層の拍車をかける尊い機縁ともなったと信じます。
この三年千日の年祭活動を通して得られた気づきや、成人への歩みを、ここで止めてしまってはなりません。
振り出しに戻ることなく、積み重ねてきた一歩一歩を、これからの歩みへと確かにつないでいくことが大切ではないでしょうか。
教祖をお慕いする先人の姿
教祖をお慕いする尊い姿は、先人の逸話の中に鮮やかに映し出されています。
東京の東分教会(当時)へご巡教なされた本席様は、
「教祖は生涯、ご苦労ばかりなされて、こんなもてなしを一度も受けられなかったのに、たすけられたわしが、こんなにしてもろうては、もったいないことや。どうか、わしに構わず…」(『天の定規』)
と、声を震わせ、涙を流さんばかりに語られたと伝えられています。
また、増井りん先生が、教祖をお想いする一念から、沈みゆく夕日を拝しお見送りされていたお話は、広く知られているところです。
さらに、山澤ひさ様が後に語っておられるところによると、「この下駄に私の帯をくるくると巻いて差し出したところ、それを枕にして無造作に板の間におやすみになった」とあり、この下駄をご覧になるたび、襦袢の袖で目を拭われるのが常であったといいます。
その帯も、「あの帯を見るたびに悲しくなる」ことから、今はもう残っていないとのことです(『ひとことはなし』)。
教祖の御側でお仕えされた先人方の、並々ならぬお慕いの心が、今もなお私たちの胸に迫ってきます。
途切れることのない教祖の御心
その教祖がお示しくださった尊いひながたを目標にたすけ一条の歩みを活発に推し進め、教祖にご安心いただき、お喜びいただきたい――。
そうした一念から歩んできた三年千日の年祭活動は、一応の締めくくりを迎えました。
しかし、世界たすけの先頭に立ってお働きくだされる教祖の御心は、今もなお途切れることなく続いています。
我々ようぼくは教祖の道具衆であることを自覚し、教祖の御心を我が心として、これからもたすけ一条に励んでまいりたいものです。
次の一歩へ
年祭活動は一区切りではありますが、ここからが本当の出発です。
三年千日を通して得た歩みや気づきを日々の生活にどう生かしていくのか、また、その間に感じた御守護にいかに報い、御恩報じの歩みを進めていくのかが、今まさに私たち一人ひとりに問われています。
この旬を結構に通らせていただいた私たちが、さらに次の一歩を踏み出す時、教祖のお導きのもと、これからの歩みを一つひとつ確かに進めていきたいと思います。(矢追きくぞう)