
H.A.M.A. 木綿庵(ゆうあん) 梅田正之
農事を通してひながたや教理に対する理解が深まることもあるような気がしています。
みかぐらうたの七下り目八ツに「まいたるたねハみなはへる」とあります。
実際には播いたタネがすべて発芽するわけではないことは、農事にかかわるようになって初めて知りました。
農事にたずさわっておられる方々にとっては当たり前のことも、知らない人間にとっては新鮮な驚きの一つでした。
「旬」にタネを播くことの大切さを身にしみて知ることができたことは、農事にかかわるようになって得た最大の収穫であったかもしれません。
「みかぐらうた」にかぎらず、「おふでさき」や「おさしづ」においても、農事にかかわる用語を用いて教え諭されている例が多いことはよく知られている通りです。
方言や譬えが多くみられることも、何よりも身近な農家の人々に教えをわかりやすく、得心できるように説かれているからにほかなりません。
とすれば、それらの言葉をもって示されている教理の理解には、農事に対する共通理解、季節感の共有が大前提となっている、と言えるかもしれません。
すべてのタネが必ず発芽するわけではありません。
かつての農家の方々は、収穫した実から優良なタネを選別し来シーズンの播種に備えてきたはずです。
それでもすべてのタネが芽を出し、順調に成長するわけではないことを身に沁みて知っていればこそ「まいたるたねハみなはへる」という一節が迫力をもって心に届いたのだと思います。
ところで、「旬」にタネを播くことについて、試行錯誤する中で面白い発見がありました。
旬を外すと同じタネでも成長の度合いは大きく異なります。
最高の実りを得るためには、播種最適期を逃さないことが一番です。
ところが、旬を外して播いたタネが、思わぬ収穫をもたらすこともあります。
育ちの悪い小ぶりの実が、かえって評判になったり、病害虫の被害を免れたり、気候の変動により急成長を遂げることもあるからです。
タネは旬に播くことが一番ですが、それよりも大事なことは、遅れてでもとにかくやはりタネを播くことです。
播いたタネがすべて生えるわけではありませんが、播かないタネが生えることは決してありません。
そして、それよりもさらに大事なことは、タネを播きたい、播こうとする心を持つこと。
具体的な実りをイメージして、それを楽しみにタネを播こうと意を決すること。
我が心にその意志を固めることが何よりも大切な最初の「たねまき」であることを、農事を通して教えていただいたような気がしています。
私は若い頃に私自身が心を病んだ経験から、同じように生きづらさを抱えた方々のための「居場所づくり」を目指して、綿と野菜の栽培をはじめました。
これから、これまでの十八年間の取り組みを通して気づいたこと、学んだことを、その時々の季節に合わせて紹介させていただきたいと思います。