次も、博雅三位のエピソードで、鬼と笛を取り替えた話が「十訓抄」(鎌倉時代中期の説話集)に収められている。
博雅三位こと源博雅が、月の明るい夜、朱雀門の前で笛を吹いていた際、同じように笛を吹いている男性に出会います。
博雅は誰だろうと思いますが、その笛の音はこの世のものとは思えないほど素晴らしいものでした。
博雅と謎の男性は互いに何も語ることもなく、月夜のたびに笛を一緒に吹くことが何度も続きました。
ある晩、博雅は謎の男性と笛を交換して吹いてみます。
すると、この世にまたとない素晴らしい笛であることが分かります。
その後も、月夜の晩になると、二人は一緒に笛を吹いていました。
博雅は男性から笛を返せと言われなかったので、お互いの笛を交換したままになっていました。
やがて博雅が亡くなった後、浄蔵という笛の名人が、この笛を朱雀門で吹きます。
すると、朱雀門の楼上から「やはりその笛は逸物であるな」との声が聞こえます。
そこで、その笛の持ち主が朱雀門の鬼であったことが分かるのです。
この笛には赤と青の葉が二つあったので「葉二」と名付けられ、天下第一の笛となりました。
鬼と博雅が笛を交換する話は「北斎漫画」と「月岡芳年の月百姿」に描かれています。
月の輝く静かな夜、二人が吹く笛の音だけが美しく響き渡る様子。
芳年が描いているのは、博雅が謎の男と言葉を交わすことなく笛を吹きあっているという場面です。
背中を向けている男性が博雅。
一方、こちらに顔を向けているのが謎の男(鬼)です。芳年は眉毛や髭の濃い、いかつい男性の姿をしています。
実は、芳年よりも前に、葛飾北斎も同じ場面を描いています。
構図もよく似ています。
もしかしたら、芳年は北斎の絵を参考にしていたのかもわかりません。
そこは、謎です。