名器への幻想⑥【其の四十九】

いつの時代にも戦禍というのは文化財を損失させる。

第二次世界大戦とその後の混乱でも、貴重な楽器類の焼失と海外流失が多々あったと聞く。

江戸時代になり、天下が統一されて戦いのない平穏な世になると、大名家が装飾品を兼ねて雅楽器を揃えるようになった。

なかでも彦根の井伊直売は雅楽に並々ならぬ関心を持ち、自らも雅楽の演奏をすると共に、古い雅楽器の収集にも力をいれた。

「大老」という地位も利用したのだろう。

寺社・公家・楽家などから実に多くの名器を集めている。

(3)「名器」とはどんな楽器を言うのだろうか。

この定義は非常に難しく、また人それぞれの見方で違ってくるのだろうが、私は名器というのは根本的に二種類に分けられると思っている。

それは(1) 美術品として価値の高いもの。

(2)美術的価値は少ないが演奏して良い楽器、である。 

美術的価値の高い名器は、笙・琵琶・筝のように装飾のほどこしやすい楽器に多い。

笙でいえば、頭( 竹を挿す吹口のついた棗型の部分) に螺鈿の象嵌や金銀で高度な蒔絵や彫刻をしたり、竹を止める帯に銀を使って細かい細工をしたりしている。

筝は頭部と尾部に紫檀を張り、洲濱文様を螺鈿細工にしたりする。

琵琶もまた同様である。

笛・篳篥は楽器自体には細工が出来ないので入れ物( 篳篥は管箱、笛は笛筒という) に凝っている。

生地は黒漆が多いが、なかには漆に金をいれた梨子地に金・銀・朱で紅葉を散らしたり、金銀ですすきを描いたりと実に美しい。

そして、主に文様に因んだ銘がついていたりする。

例えば、五鳳丸という笙は頭に鳳凰の蒔絵があり、落葉という筝は紅葉が散っている。という具合である。

ただし、美術的価値の高い楽器が実際に演奏して良い楽器とは限らない。

前述の彦根・井伊家の収集品の中に、江戸時代に作られた象牙の笛とか篳篥、また鉄で作った笛とか陶器に染付けをほどこした篳篥まであるが、これ等は専ら美術品としての楽器であって実際の演奏をしたとは考えられない。