信仰随想
 立教171年6月1日
「ひながたの道 焦らず気長に喜んで」
五條支部長 吉本 秀樹

 立教165年2月26日、忘れもしないこの日。そう、私が会長の理のお許しを頂いた日であります。
 それからと言うもの、足が地に着かぬまま、何とか勤めて来た会長職、早いもので今年は立教171年、5年が過ぎて6年目に入ってしまっている。その間、思い出せば色んな事が有ったようにも思うし、無かったような気もする。片腕と頼む部内教会長、布教所長の出直。両腕がいきなりもがれたような気がしたこともある。また忘れられないことの中に、こんなこともあった。

 あれは今から3年前の春の夕刻、教会は今でも薪で風呂を焚いているが、その風呂焚きをしている時のこと、私の携帯電話が鳴った。Fさんからである。
「主人が、脳梗塞で倒れました。なんとか出直の御願いづとめをして貰えないでしょうか。」

 Fさんはとても熱心な信仰をされている方で、夫婦仲もたいへん良かった。それで「なぜ」と尋ねてみると、こうである。
「主人は、八十歳を超え、私も七十歳の後半に掛かろうとしている。医者の話では、主人は治っても寝たきりかそれに近い状態になるとの事。娘2人は、遠くに行っている。私一人では、とても面倒が見切れない。出来ればこのまま出直してほしい。」

 言っている事は良くわかるが、出直の御願いづとめなど私は聞いた事も無いし、もちろんした事も無い。そこでFさんに、「たすかるためのおさづけを取り次いでほしい。教会でもたすけて頂けるよう親神様にお願いするから」と再三お願いして納得してもらった。

 それから2週間、「主人の手が動くようになりました。」またしばらくすると「腕が動くようになりました。」「すこし喋れるようになりました。」「足が動くようになりました。」
 2ヵ月もすると「杖があればすこし歩けるように成りました。」「このまま行けば、夏には、もう一度夫婦揃って修養科に入れると思います。」そしてその夏、8、9、10月と修養科に世話になった。

 考えてみると、会長職というのは「骨折れ損のくたびれ儲け」という気がしないでもない。しかし、ひながたの道さえ焦らず、誤らず、気長に、喜んで?通りさえすれば、普通の人では味わうことの出来ない、すばらしい経験をさせて頂けるのも事実である。

 今も身上の方のおたすけの最中である。その方は全身の血管にひびが入っている。医者の見立てでは、八割〜九割は助からないと言う。しかし、私は必ずたすけて頂けるような気がしてならない。