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教祖は、よく、口ずさんでおられた歌の一つに、
「東山からお出やる月は
さんさ小車おすがよに
いよさの水車でドン、ドン、ドン」
節は、「高い山から」の節であった。
また、教祖は、時々、次のような子守歌をお歌いになっていた、という。
一、弁慶は、有馬の国で育てられ、三つの上は四つ五つ、七つ道具を背に負い、五条の橋にと急がれる。
二、甚二郎兵衞は、手盥持って、釣瓶で水を汲んで、手水使うて、神さん拝んで、シャンシャン。
梶本宗太郎が、二十代の時に、山沢ひさから聞いたものである。
さて、みき様は、幼少の頃は、田植えなどで多忙な村人の子どもたちの子守をひきうけ、又、人一倍働き者の教祖は、夜は月明かりを浴び糸車を回されておられた。
そんな時、子守歌かわらべ歌を口ずさみなされたのだろうか。それにしても、子守歌には、命を育んでいく不思議な力があります。その歌は人々の生活から生まれ出た歌であり、今も変わらぬ親里の四季の中で息づいていると思うのです。
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