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明治十七年、諸井国三郎は、おぢば帰りを志し、同行十名と共に出発し、豊橋へ着いた。
船の出る夕方まで町中を歩いていると、提灯屋が目にとまり、そこで、粋な計らいを思い付き、大幅の天竺木綿を四尺程買い求め、特別大きい旗を作らせた。
白地の中央に日の丸を描き、その中に、天輪王講社、と大きく墨書し、その左下に小さく遠江真明組と書き記した。
一行は、この旗を先頭に立てて、伊勢湾を渡り、泊まりを重ね、おぢばへと。
丹波市で一泊した一行は、翌朝、人力車を連らね、その先頭にはこの旗を立てて諸井が、乗っていた。
お屋敷へ到着してみると、教祖が数日前から
「ああ、だるいだるい。遠方から子供が来るで。ああ、見える、見える。フラフを立てて来るで。」
と仰せになっており、お側の人は何の事かと思っていたが、この大旗を見て、成程、教祖には、この旗が見えておられたのだと頷きあった。
大海より押し寄せる波涛が風に舞う。教祖には見えるだけではなく音まで聞こえたのではないだろうか。
諸井国三郎率いる「遠江真明組」の気迫が伝わってくる。
勇気と勢いをもらえるお話である。
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