『教祖伝逸話編イマジネーション』    絵と文 村方米太
  

教祖は、月日のやしろとお定まりくだされた後、親神様の思召のまに/\内蔵にこもられる日が‥‥‥。
その後もなお続き、およそ三年間にわたったといいます。

子どもの頃、よく田舎で「蔵」の中で遊んだものでした。
蔵の中は夏でもヒャーッとしていて、薄暗く古えの香りが漂っていました。
高い天井の裏に何かが蠢いており、そこから宇宙や他界に続いていると本気で思っていました。
それほど私には、蔵という空間は刺激的な場所でした。
遠くで鳴く犬の声や、風の音を聞いていると、母の胎内にいるような甘く温かい感覚になったことを思い出します。

私たちは、願いごとや何かを考えたり想像する時、無意識に目を閉じます。
それは自分の中に闇を作りだすことでパワーが生まれるからでしょう。
閉じた瞼の裏の闇からイメージが浮上してくるからでしょう。

親神様は、月日のやしろとなられた教祖を「蔵」という闇の空間へ誘いこもらせる必要があったのでしょう。
まして、思召のままに三年間も‥‥。
日常の生活から離れた空白の時間こそ、私たちの想像を絶する神様の世界であったと、この「内蔵」のお話に感動をおぼえました。