「末代続く道の大道へ」
                                  主事  植田年喜

 二十一世紀は、心の時代と言われて久しくなりますが、最近のテレビや新聞を賑わせる事件と言えば自己中心的な犯罪ばかりで、個人の意志を尊重するあまり、利己主義的なものの考え方が非常に横行しているように思います。すぐ切れる人がいたり、すべては金次第などと言うような、金銭万能主義者が増えているのもそのためでしょう。これらは、あまりにも慌ただしくなった現代社会にあって、一家団欒の家庭であるべき家族の会話が少なくなった今日、精神的成長を望むが上に、自立心を強要するあまり、一人でいる時間が増えたせいで、代々伝わって来た事が伝わらないと言う、家庭の崩壊が原因の一つと言えるのではないでしょうか。そして、他面あまり感情を表に出さない内向的な人も多くなったのも、これに起因すると思われます。メディアの急激な発達により、非常に多くの情報量の中で暮らしていると、神経が麻痺して来るのか、自己責任と言う言葉で、簡単に片付けられているようにも思います。

 一昔前までは、朝飲むお茶の茶柱一つで、今日は何か良いことがありそうだなあと会話もはずんだものですが、今ではいらぬゴミが入ったように扱われ、当然そこには会話は無く家族の姿すら無いのも現実です。ただ時間に制約され、やるべき事をやるだけの機械人間が存在するだけで、真の意味での、心のゆとりが希薄になっているようです。

 このような日々を繰り返していると、心に埃が積もり、それに反比例するが如く、勇み心が薄れ感受性も乏しくなり、我が身のことばかり気に掛かり、人の事など構っていられなくなって行きます。これが、心の時代だと夢と希望を持って迎えた二十一世紀の6年目の現実です。

 こういった時だからこそ、私たち道の者の真価が発揮されなければなりません。多くの人がたすけを求めています。このままで良いのかと。 長い道程であろうと、コツコツと地道に元の親の思召を伝え広めさせていただき、互いに立て合い助け合う陽気溢れる家庭や社会に、一日も早く立て替えて行く努力が大切になってくるのです。

 本年を年祭の年として、おぢばを賑やかにと申し合わせてつとめさせていただくお互い、一人でも多くの方をおぢばにお誘いし、ご存命の教祖にお喜びいただきたいと存じます。 そして、三年千日の歩みを自ら検証し、更にお喜びいただく心の成人を目指し、次の塚への足固めの年とさせていただくべく、絶えず積もりやすい心の埃の掃除に励み、末代続くたすけ一條の道の大道を、喜び勇んで歩ませていただきましょう。

 欲深き 人の心と 降る雪は
 積もるにつれて 道を忘れる
(作者不詳)