「重い荷物を背負ってこそ」
                                  主事  横山常明

「続いてこそ道」と聞かせていただきますが、子々孫々と信仰を伝えてこそ天理教だということでしょう。「信仰は私一代で結構です」といわれる方がおられますが、それならばお道を信仰していても、教えを聞き分けていないということになるのではないかと思うのです。お道全体を見ても、子供に信仰が伝わらないという問題を抱えて、教会の後継者問題も深刻であります。言えば信仰が伝わるかというと、そんなに簡単なものではないようです。

 私は学生担当委員会の御用をさせて頂いておりますが、学生層に対する本部の行事、大教会行事、少年会活動、こういうものを利用して、声を掛けていくということは本当に大切な事だと思います。子どもをはじめ、家族、近所の方々に信仰を伝えたい、そういう思いは皆があるはずですが、それなら、声を掛けて誘ってみて下さいとこちらが言いましても、「どうせ私の言うことは聞いてくれませんから、ダメでしょう」といわれる方が多いように思います。

 親神様は「心」を受け取って返してくださると聞かせてもらいます。思い通りではなく、心通りであります。心を作れば信仰が伝わっていくのです。「無理ですから」というような心では、「無理です」という心しか返って来ないのではないでしょうか。
 文化庁長官で天理大学でも教鞭を取っておられた河合隼雄という先生が、「百パーセント正しい忠告は、ほとんど役に立たない」とお話されことがあります。
 例えば、愛煙家に「タバコやめなさい。体に悪いですよ」、また、アルコール依存症の人に「お酒はやめたほうがいいよ」と言う。これらは正しい忠告でありますが、そう言われてやめた人は無いように思います。百パーセント正しいけど、役に立たないわけであります。

 私は先日、ある人に、「こうしないとね」と百パーセント正しいアドバイスをしたところ、「言われることは、まさにその通りですが、できません」と言われたのです。その時、相手に伝わらないんだなと反省し、先ず私が百パーセント正しいアドバイス通りに通って親神様にお働き頂くしかないなと思いました。

 こんなお話も聞かせてもらいました。「最近は子供が自分の話を聞いてくれないと言う親が多い。信者さんや役員さんが話を聞いてくれないという会長もいる。それは親の言葉が軽いから相手の心に入らないのや。軽い親の口からは軽い言葉しか出てこないで。親が重い荷物を背負うことや。背負う荷物が重ければ重いほど、親に重みが出てくる。その親の口から出てくる言葉は重く相手の心に入っていくのや。」と。

 教祖百二十年祭に向けて、にをいがけ・おたすけを仰せ頂くこの旬に、どんな理の御用でも喜んで「ハイ」と素直に受けて、しっかりと荷物を持たせて頂き、人々にお道の信仰の喜びを伝えていきたいと思います。


掲載:立教168年10月号